サポーター委員のみなさまへ
もう9月になりました。新学期の準備でお忙しいことと
存じます。
さて、にほんごアート通信第13号をお届けします。
1.<にほんごアートコンテスト2004>表彰式
コンテストの表彰式の日程が決まりました。詳しくは
文書で招待状を発送させていただきますが、下記要
領で行いますので、入賞校の方は是非ご参加下さい。
日時:2004年10月2日土曜日
午後3時から5時半頃まで
場所:トロント文化センター内大ホール
当日は入賞者の表彰ほか、審査委員長の馬場雄二
先生の教具が触って試せる<漢字遊び展>と、美術
講師による絵文字ワークショップ(仮称)、日本語教材
即売会を企画していますので、コンテストに参加されな
かったみなさんも、是非ふるってご参加ください。
2.書評 <鬼のいる光景> −「長谷雄草紙」に見る中世ー
今回は、中世文学への誘いです。本著との出会いは、カナダ日本
語教育振興会で、カルガリー大学の楊暁捷先生が<にほんごアー
ト>のプレゼンを聞いてくださり、「葦手絵って、ご存知ですか」と声
をかけてくださったのが発端です。
恥ずかしながら、「葦手絵(あしでえ)」という言葉を知らなかった私。
慌てて隣の図書館に駈け込んで調べている間に見つけたのが、楊
暁捷先生の著作<鬼のいる光景>でした。
本著は、14世紀初頭に製作されたとされる絵巻「長谷雄草紙」を題
材にした一種の絵画文化論ですが、学術的視点にたたない読者でも
「長谷雄草紙」の持つ愉快で不思議なストーリーに心を奪われ、気が
つくと楊先生の学者というよりは職人芸を思わせる解説が随所に光り、
2倍も3倍もおいしく味わえる構成になっています。
文学や風俗の知識を得るためというより、平安の御世にタイムスリップ
したくなった日曜日に、邪魔されずじっくり読みたい、そんな一冊です。
さて、主人公の長谷雄は、今をときめく中納言。ある日、男に双六勝負
を申し込まれてみれば、なんと相手は鬼ではないか。されど、これしき
では負けない長谷雄。勝利の女神は長谷雄に微笑えんだ。そして、
鬼から賭け物に差し出されたのは、天下無双の美少女であった。
しかし、鬼曰く「此女人、百日の過まで、犯し給うな」。「いかにも」と約束
する長谷雄であったが、つい、我慢できなくなって。。。。「長谷雄草紙」
のあらすじはこんな感じですが、事の顛末をここで述べるのは無粋という
ものでしょう。
筆者は、絵巻における絵を文字テキストに付属する「挿絵」とはとらえず、
それ自体が作品全体の表現の一部であり、文学の世界を構築するには
欠かせないもの、と考える立場をとり、絵の表現は独自の伝統を持ち、
絵に描かれた内容からその描かれ方に至るまで、しかるべき理由と意図
が存在する、と力説します。
双六の賽が、よくよく見ると対局する鬼と長谷雄の手にあることから、1枚
の絵の中に、複数の時間軸を読み取る筆者。まさに、これが絵巻読解の
真骨頂なのかと感じ入り、読む手もどんどん熱くなってきます。
さて、物語がクライマックスに入ると、筆者の解説も盛り上がってくると思う
のは、私だけでしょうか。長谷雄が百日待てずについに食指を動かし、そ
の後、あっと驚く展開が待っているのですが、ここで読者をうならせるのは、
こうした男女の情愛の場面では、詞書の記述が控えめなのに対して、絵が
強い主張を持ち始めると説く、筆者のするどい洞察力です。
絵巻におけることばと絵のバランスとハーモニーを十二分に堪能するには
何十にも仕掛けられた絵師の巧みな意図を汲み取る能力がないと、やはり
難しいというのが私の感想です。
中世の読者は、そうした絵巻の匠を鑑賞する眼を持ち合わせいたのでしょう
が、しかし、現代に生きる私たちも、楊暁捷というナビゲーターの力を借りて
絵巻世界を堪能できるとしたら、これは大きな幸運ではないでしょうか。
さあ、何で鬼と双六なのか?どうして、魚屋で草履が売っているの?情事が
あったのは昼なの夜なの?美女の正体は結局なんだった!すべてのページ
にぎっしりとつまった知と驚嘆。芸術の秋にふさわしい、一押しの作品です。
タイトル:<鬼のいる光景> −「長谷雄草紙」に見る中世ー
著者:楊暁捷
出版元:角川書店
価格:2700円
トロント日本文化センター併設図書館で借りることができます。
あとがき
さて、葦手絵である。楊先生がご親切に、画像を何点か送ってくださった。
にほんごアートの起源、ここに見たり?!
興味のある方は、是非、下記を寄り道してください。
文責
内田雪絵